「経済財政運営と改革の基本方針2023」(内閣府 2023.6.16)が発表されました。「第2章 新しい資本主義の加速」では「三位一体の労働市場改革」を行う方針が示されましたので、私なりに感じた点を記載したいと思います。三位一体とは、「リ・スキリングによる能力向上支援」、「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」、「成長分野への労働移動の円滑化」の3つを一体で取り組んでいくことのようです。
(1)「リ・スキリングによる能力向上支援」
注目した点は「現在、企業経由が中心となっている在職者への学び直し支援策について」です。基本方針では、学び直しを企業経由から個人経由にするとし、方法として教育訓練給付の拡充等を行うとしています。しかしながら、学び直し支援を提供するのは誰だろう?教育訓練給付制度自体は良いとしても質の高い学びを提供することが重要だと考えます。特に大学等の高等教育機関が職業訓練を受け持つのだろうか。もしこういった職業訓練が中高生たちの進学選択肢となるようなビジョンがあれば良いのではと思います。わが国では長きにわたり、職業訓練を企業が担ってきて、逆に高等教育機関が職業訓練に関与しなく、この役割分担を転換するにはハードルがあるように思います*1。また、次項の職務給とも関連しますが、能力向上が個人経由となれば、企業経由の能力向上を根拠にする定期昇給(および能力評価や人材育成)は縮小・廃止しないと整合がとれないと思います。なかなか根強い雇用慣行なので発想の転換ができるでしょうか。
(2)「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」
そもそも「個々の企業の実態に応じた職務給」とは何ぞや?人事屋であれば職務給は企業個々で決めないことに意義があると考えるのですが、それは置くとして。基本方針には「人材の配置・育成・評価方法、リ・スキリングの方法、賃金制度、労働条件変更と現行法制・判例との関係などについて事例を整理」とあります。特に、労働条件変更と現行法制・判例との関係が焦点ではないでしょうか。次項の労働移動に関連しますが、個人の転職判断を促すとなれば、企業のほうの雇用責任は緩和されないと釣り合いません。たとえば、不況期でも人事異動・出向等で雇用維持したり、解雇に頼らないという雇用慣行を止めることになるのでしょうか*2。
(3)「成長分野への労働移動の円滑化」
退職所得課税制度の見直しがどうなるか関心ありますが、自己都合退職を促すような方針が示されています。ただ前項でも触れたように、逆に企業の雇用責任についても緩和方向で見直すのでしょうか。なお、基本方針の全文を通じて「解雇」という単語が登場しない点は気になるところです。
と、以上が私なりに感じた点でした。
企業が個人をつなぎ留めていることが日本の経済成長の障害になっている面はあるかと思います。しかし、雇用安定が労使関係の安定となり日本経済を支えてきた歴史、あるいは日本社会の風土といった点を考慮すると問題は単純ではなく、制度構築と運用定着にはかなりの議論を要するのではと思うわけです。
*1 これらの点については過去のブログ(2023.4.14、2023.6.16)でも関連したことを書いています。
*2 参考『雇用か賃金か日本の選択』首藤若菜 筑摩書房