夏休みの宿題の定番だった読書感想文が絶滅の危機にあるのだそうです(「自由研究・読書感想文は絶滅の危機? 令和の小学生の「夏休みの宿題」が激減している理由」2024/8/18 10:02配信 集英社オンライン)。苦労した思い出ばかりですが「絶滅」と聞かされると寂しさのようなものを感じます。さて、今回で私の読書感想は最終回の予定ですが、ご紹介する書籍は次のものです。
(紹介する書籍)『賃金とは何か』濱口桂一郎 著 朝日新書 2024年
「ジョブ型雇用」という用語を生み出した濱口桂一郎先生、研究者としての博識には感嘆させられます。この本は賃金とは何かについて、日本および世界の賃金の歴史を詳細に紐解いて、今後の提言をされています。
わが国の賃金の歴史を解説する場合、だいたいは太平洋戦争後からとする場合が多いように思います。ところが濱口氏の場合は明治以降から始まります。たとえば、日本型雇用システムの成立を、第1次成立期が大正時代(第一次世界大戦まで)、第2次成立期が太平洋戦争の戦時体制期としているところ、などです。さらに戦後について、国の賃金政策、企業や労働組合の取り組みを詳しく解説されています。特に、職務給と職能給のこじれた関係(?)については、ジョブ型雇用という用語の生みの親ならではの切れ味で解きほぐしておられます。戦後にGHQから職務給を強要させながらなぜそれは定着せず職能給が定着していくのか、企業側だけでなく労働組合側の資料も丹念に収集し整理されています。
ところで、本ブログふたつ前(夏の読書感想『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』)で同名書籍のことに触れました。実は今回もそうでして、この本と同じタイトル「『賃金とは何か』楠田丘 著 中央経済社 2004年」があります。濱口本の第3章でGHQが職務給を推進しようとしていた歴史経緯を解説するあたりに楠田本が登場します(ただし、楠田本の元になるオーラルヒストリーのほう)。濱口氏は楠田氏のことを「楠田理論が日本の職能給の代名詞」と評しておられますが、いっぽうで楠田氏が活躍した時代を「賃金制度論の無風時代」としておられます。前回ブログで取り上げた小池和男先生もそうでしたが、楠田氏の職能資格制度はあくまで日本国内の特殊な条件で通用した実務家の考えという一定の評価で両先生とも共通しておられるようです。
濱口氏は本書の終章で、日本にはジョブ型社会の到来は困難であると結論付けられました(さらに、ジョブ型を人事労務コンサルタントが必死に売り込もうとしているがその見込みはほとんどない、とも)。
私事ですが、かつてある企業で給与計算の担当をしておりました。そのとき上司から「給与には歴史があるので経験が重要」と言われたことを思い出します。ひとつの企業ですらこうなのですから国単位ではなおさらです。本書では「賃金の世界は複雑怪奇な仕組みが縦横に入り組んで」いる、だから「法定最低賃金の引き上げを囃し立てるだけではなく、労働協約によって賃金を支えていく」ことが重要だと。政府に頼るようなことはせず、企業と労働組合(労働者)双方の積極的な関わり合いが大切だと諭されているように感じました。