「○○な上司がやっていること」とか「○○な部下にはこう対処する」といったタイトルのネット記事を読めばナルホドと参考になるものです。こういった記事は専門家が心理学や脳科学などの知見に基づいて解説していることが多いように思います。
哲学をやさしく解説したある書籍を読んでいて、思うところがありました*1。ある物事をどう捉えるかはいまだ定まっておらず、現代のそれは三つの潮流があるといいます(自分には哲学の素養はないので自己流の解釈なのですが)。
ひとつめは、自然科学による捉え方。たとえば先ほど挙げたネット記事のように、企業のなかで起こる組織問題を心理学や脳科学などの知見の基づき「○○理論によれば~」とか「○○指数を平均値と比較すると~」といった説明がこれにあたると考えます。確かに説得力があるものです。
ふたつめは、メディアによる捉え方。たとえばSNS等で、その中で交わされる様々な発言があたかも現実のように扱われます。頻出するキーワードが世論(せろん)となり、誰が発言したか、どのようなアルゴリズムに基づいて発信されているかは構わなくても、なんとなく思い当たるところも多いからでしょう。
みっつめは、相互の主観による捉え方。たとえば、経営者と従業員、従業員同士、あるいは様々な当事者同士が、お互いに意見を交わし合うことにより、物事をとらえようとしています。
はたして、この三つの潮流のどれかが絶対に正しいのでしょうか。たとえ自然科学の捉え方であっても正しいと信じ切れるかは定まってないのではなかろうか、あえていえば利用できる利点を組み合わせて物事を捉えることが重要なのだろうと考えます。
これは人事評価の仕方にも応用できます。評価の妥当性・納得性を高めるには(1)客観化・定量化する(2)コメント等で評価事実を書き出す(3)面談で意見を交わす、といった仕組みをとります。手間のかかる仕組みではありますが、これは物事を捉える哲学だと思うのです。
*1 『いま世界の哲学者が考えていること』 岡本裕一朗 ダイヤモンド社 2016